☆ Mファイル 2004 ☆
 
「エネルギー技術それともエネルギー利用技術」
   

 こんにちは      投稿者:M   投稿日:2004年12月

 「エネルギー技術」それとも「エネルギー利用技術」   

 吾蘇慕宇会では、『エネルギー技術』なる言葉は、すでに死語であります。
 敢えて、使用するならば『エネルギー利用技術』ではないでしょうか。

 吾蘇慕宇会なりに、解りやすく、正確に表記すると、
 『エネルギーを有効、確実に利用(応用)する為に行なう、両手を使ったわざ』
 だと確信しています。

 「技術」と表記しているが、宇宙エネルギー使いは、
 本来、「技術」など要らないのです。ココロで想うだけです。

 かつて所属していた会では、センパイは、
 トリートメント(当初は、浄化と言っていました)する時、
 椅子に座っている依頼人の「前」あるいは「側」に立ち、
 両手のやり場に困ったので、手を前で組んだまま、ただ黙って、
 ココロをこめ、エネルギーを送りトリートメントしたそうです。

 でも、この方法だと依頼人にしてみればナニをされたのか全く理解できず、
 不安さえ抱くことがあったそうな。
 そこで、トリートメントする者と受ける者の両者にとって良い方法(行為)はと
 考え出されたのが、「両手で頭を挟み、次に、背中全面を触ってするトリートメント」
 なのです。(当時は手の平の当たっている部分のみ効力のあるトリートメントでした)

 
※吾蘇慕宇会では、手の平から出た宇宙エネルギーが、依頼人の全身の奥の奥まで、
   頭の天辺から足の先まで行き渡り、トリートメントしています。 ※


 依頼人は、背中に手の平が当たっている事が確認でき、その部分が暖かい事も
 体験できる。
 そして、トリートメントする者も確実にエネルギーを出し続け、
 トリートメントしている事が実感でき、かつ、集中力は全く要らなかったのです。

 その会では、さらに、手の平を当てると誤解される身体の部位や、触ることのできない
 身体の内部をトリートメントするにはどうするかという問題が出てきた。

 そこで考え出されたのが、内奥にある部位を両手で挟んで持ってくることです。
 (まだこの時は、エネルギー体という表現はしていません)
 依頼人が目の前に居ると想い、カラダの中に両手を差し入れ、部位(例えば胃)を
 持って来て、挟んでいる両手を上手に使い、部位をトリートメントする。
 

  ※これが、後々、エネルギーを送る際の誤った色んな考え方となってしまった要因と
  思っています。一生懸命と言えばそうなのでしょうが、「上手に」「巧く」「的確に」
  やろうとすればするほど、目先の細かいテクニックばかり考え、取り入れていったのです※
  ※技術の向上は有ったと考えますが、そこでは、この方法によるエネルギー使いの
  「能力のアップ」は無かったのです※
  ※ただし、技術が全くいらないと言っているのではありません※

 これができるなら、遥か遠くに居る依頼人にもトリートメントできるはずだ。
 つまり、遠隔トリートメント(エントリ)も出来るだろうと思いつき、
 やってみると、いとも簡単、確実にエントリができたのです。

 続きは、後日。(忘れたかけた後の日に)        
                                 M


 こんにちは。   投稿者:はる  投稿日:2004年12月

 私もそう思います。
 宇宙エネルギーを使うためには、ココロで想うこと、すなわち「意識のはたらき」こそが
 本質であると思うのです。

 例えば普通、手を動かす時に「さあ、これから手を動かすぞ」と頭で考えることはありません。
 動作する意識と同時に、手は動いているはずです。
 言葉やイメージは、スポーツにおけるイメージトレーニングと同じように、あくまで意識の
 はたらきを補助するために使われているのだと思います。
 そのイメージをさらに強くするために、動作を付けたものが、
 よそでは、いつの間にか一人歩きしてしまったのですね。



 今晩話     投稿者:いっぽう  投稿日:2004年12月

  心で“想う”ことの重要性は、初期のMファイルでも十二分に強調されておりましたね♪
 “動作”をつけることが強調されたあまり、その真意が主客逆転してししまった感じなの
 かもしれません。

 近年よかれあしかれ、オプションとしてのエネルギー応用技術が多ければ多いほど
 レベルが高い?みたいな風潮も、世間一般にあるようですけれど…、
 つい枝や葉っぱばっかりに目がいってしまうと、実は幹や根っこの部分で
 大元[偉大なる流れ]につながっているのだという基本が分からなくなってしまうのでは〜と
 危惧したりしています…

 個人的には吾蘇慕宇会に参加以来、過去のMファイルの行間が俄然に理解しやすく
 なったことを報告させて頂いたことがありましたが、これはエネルギーがだいぶ私自身に
 馴染んできたから…?と勝手に理解しているところもあります。
 
 由来するエネルギーの定義付け[偉大なる流れ]の有る無しが、とても大きく影響している
 ように想えてならないときがあります〜♪(*^_^*)




 

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