☆ Mファイル 2004 ☆

「本当はやさしい閻魔大王」

 本当はやさしい閻魔大王   投稿者:M    投稿日: 2004年 8月

 私の知る限りにおいては「閻魔大王」とは実にやさしいカミサン(エネ体)です。
 私達は、人それぞれ沢山の知識を持っています。そして、そのなかには、知らず知らず
 貯まった知識がある。俗に言う「すり込み」です。また、「思い込み」も困りものです。

 「シャカ」は、「現世(人生)をいかに楽しく過ごすか」を説いたと聴いております。
 死後のこと、死後の世界については、説いていない、とのことです。
 後世の高僧が考えた事らしい。

 「地獄」は、平安時代の初め、まだ戦乱が収まってない、京の都で、いたるところで
 戦があり、都大路は、戦死者と餓死者で通行できないほど、とてもひどい状態でした。
 死体は腐り悪臭を放ち、蛆虫が湧き、蝿が飛び回り、それはそれは、ひどい有様
 だったそうです。その現状を見た天皇が、あまりのひどさに高僧に相談したところ、
 高僧の返事の書面に「地獄」と言う文字が記載されていた。
 これが、日本で最初に使われた「地獄」という言葉だと、アカデミックで認定している。

 間違っているかもしれないが、私の記憶の「地獄」とは、
 人を殺したり、死体(ホトケ)を放置したり、親、目上の人に逆らったりしたら、
 都大路の有様より、もっともっと恐ろしい「地獄」という世界へ行って苦しむから、
 決して、その様な事は、やらぬように等々ではなかったかと記憶している。

 人の道を説いているように聞こえるが「天皇に逆らえば地獄に行くぞ」とも解釈できる。
 権力と宗教の結びつきである。互いに利用しあって、地位と権力と財を得た。

 しかし、これ以降の日本人は、「地獄に行くぞ」「地獄に落ちて苦しむぞ」
 「地獄に……」「地獄で……」といわれ地獄を想像し、どんどん地獄を創り上げ
 今日に至っている。
 科学的でない時代において、精神的に人を押さえつけ、服従させるには実に
 便利な言葉ではなかったのか。

 「閻魔大王」については、人が死んだら、初七日、ふた七日……そして、む七日までに
 救ってもらえなかった人を、49日目の日に救ってくれるホトケサンだそうだ。
 こんなありがたい、やさしい、えらいホトケサン(カミサン)を、そうでないような
 表現は今後やめましょう。

 死んだ人にとっては、閻魔大王だが、
 生きている人にとっては、ナントカという名前の仏様だそうです。 
 仏様と神様の違いは論じませんが、呼べば必ずステキな「エネ体」が来ますよ。

 ただし、呼ぶ人の能力の差によっても違いがあることを理解しておきましょう。
 一番厄介なのは、「閻魔大王」をどう想っているか。また、心や無意識、潜在意識の
 中に何がすり込まれているかです。
 とにかく、それらに見合う「閻魔大王」が来ます。必要だから来るのだと理解すべき
 ではないでしょうか。
 こんな事でも、人間のウチガワが観えてくる場合があります。

 「閻魔大王」をはじめ「神様」そして「エネ体」等々を呼ぶときは、総ての既存の情報、
 さらに「思い込み」や「すり込み」を排除してください。

 単純に、「(ステキナ)閻魔大王さん、私の両手のひらの上に来てください」で
 良いのではないでしょうか。
 後は、嬉しいな、楽しいな、面白いな、ステキだな、ありがとうございます。
 ぐらいでよいのです。
 考えると必ず、「思い込み」や「すり込み」に邪魔されて閻魔大王がどんどん
 変化していきますよ。とにかく細かく検証する様な事は絶対やらないで下さい。

 最後は、自分の知っている既存の閻魔大王になります。気をつけましょう。




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