☆ Mファイル 2011 ☆

「例え話」


 例え話    投稿者:M    投稿日:2011年 2月

 例え話には、例え話で答えなければならないのです。
 〔何故なら、例え話はどこまでいっても作り話(創り話)だからです〕
 したがって、回答者の教養の大きさ、経験の豊かさによって、
 いろいろどころか、百、千、万の回答(選択肢)が出てくるとおもいます。
 そして、そのどれもが合格点(ただし、満点ではない)以上なのです。

 今回も、数通りあるいは数十通りの話を考えた人は、現実に同じ様なことが
 起こった場合にも、慌てず、騒がず、深呼吸を2、3回しているうちに、相手次第で、
 どの方法、どんな言葉で対処しようかと愉しめるのです。(エネルギーが足りないと
 愉しめないよ、勝てないよ)

 この様にアタマの体操として、常に考え続ける、思いを回らすことは絶対に必要です。
 赤でも黄でもどちらでもいい、考えることは面倒くさい、判断することでもない、
 オレはオレで他人は他人なのだ。これでは完全にエネルギー不足です。
 常に相手のペースでやられてしまいます。相手に合わせる、相手に従うので、
 エネルギーは、かえって2倍、3倍消費するのです。
 場合によっては、笑われようが、非難されようが、決別を迎えようが耐えられて、
 さらに余る程のエネルギーを蓄えていなければならないのです。

 生きていくこと、さらに、人生には満点の答えは無いのです。妥協し、協調しながら
 物事を 対処しているのです。
 赤なのか、黄なのか、右へ行くのか、左へ行くのか、登るのか、降りるのか、
 全て自分の責任で、おこなわなければならないのです。
 他人のセイ、神仏のセイ、ましてや霊のセイにするなどはもっての外です。
 自分のイノチ、自分のカラダ、自分の生活、自分の人生なのですから、
 モノゴト総てを、自己責任で判断、処理、実行しなければならないのです。

 したがって、脳も正常元気、ココロも正常元気、タマシイも正常元気、
 そしてカラダ、肉体も正常元気でなければならないのです。

 あらゆる総てが正常元気なのが必要です。大切なのです。

 宇宙エネルギーを取り込んで、取り込んで、もっと、もっと、
 どこまでも限りなく正常元気になりましょう。
                                     M

  2011年1月おおつコラム○かみ合わない話で、皆さんの様々な反応などから
 Mさんが寄せてくれた文です。




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