100年後、300年後、1000年後に、今のデータが伝わって欲しいと思う


先日紹介した藤原印刷が制作にたずさわった本の中で、こういうタイトルの本が。
>100年後あなたもわたしもいない日に
>300年前のこと

タイトルが秀逸だなと思った。書いたのは個人。

データで配信という時代だけど、データなので、モノとして残らない。
そしてデータを見る道具が変われば、もう見る事ができなくなる。

録画保存というのは、媒体が変わるたびに、データ移動をしてきてる。
8ミリフィルム、ビデオのベータやVHSの磁気テープ、別の媒体に保存してきてる。
クラウドだって、永遠に有効化かどうかもまだわからない。

ところで。モノなら。もしかしたら保存が良ければ、100年後~300年後~もあるかも。
実際、江戸時代の冊子は残ってるしね。読み書きの文化が違ってるのはさておき。

100年後に、文字が読めたとして。
え~100年前のひとって、こうだったのかあと、100年後のひとは、新鮮に思うかな。
300年後に、文字が読めたとして。
え~300年前のひとって…

日本語は、変遷が激しい。それのみか、新しい造語がどんどん出てくる。
流行語もある。10年前の流行語、今となっては、ナニコレ?というのもある。

文字は、変わるという性質がある。50年前のインタビューの復刻版を読んだら、
価値感の違いはもとより、話し言葉の違いが、そうか~、そうだったか~と、
違和感を持ちながら読んだ。

その昔、学校の図書館には、これでもかというくらい古い本が並んでた。
公費の購入なので、処分対象にならないと、図書委員は言ってた。
ためしに開いてみると、言葉使いの違いが大きくて、すらすらと読めない。

もっと前の本は、右から左へタイトルを読むというのもあったし、
中の文字がカタカナのオンパレードというのもあった。
漢字も旧字体だし。

江戸の黄表紙を江戸時代の人は普通に読めたけど、今の私達は、教わらないと難しい。
そういうふうに、言葉や文字が変わってくことも込みで、
100年後、300年後、1000年後に、今のデータが伝わって欲しいと思うなあ。
どんな媒体であるとしても。イェイ♪

今日も、いっぱい楽しもう(^^)。宇宙エネルギーたっぷりで♪