白鳥と黒鳥♪
ひとりひとり、得意と不得意があるし、得意と不得意も、ひとりひとりで異なる。
オールマイティで、なんでも出来る、なんでもやれちゃうという人がいたとしても。
たいていは、得意なことがあるけど、不得意なこともある。そういうことだと思う。
なんでもできるヒトを基準にモノゴトが進んでるように見えてるだけで、
実際は、誰だって、得意なことと、不得意なことがある。
これ、教わってないと、なんでもできるのが当たり前って思いこんじゃう。
それがストレスになったりも。
あのひとは、勉強ができるから、あれもこれもできるんだろうな。と思うのは自由だけど、
勉強以外の別の分野のことは、あんまりね。っていう場合が、ある。
専門のことは詳しいけど、それ以外はね。という場合もある。
先だって読んだ(今も読んでる)本で、「自炊力」 by 白央 篤司さん
中身はさておき。
料理研究家は、多くの場合、食に興味があり、そして料理が好きで、得意。
そう、自分自身、料理が得意の人たちなので、レシピを公開する時は、
料理が得意なヒト向けのレシピになる。
手間が多くても、材料や調味料が特殊でも、これを使うと、おいしくなるよ。というのが基準。
ここへ料理初心者や、時間のないヒトが挑むには、かなりハードルが高い。
例えるなら、パソコンで、プロが使うアプリで、画像や映像を加工するようなもの。
いきなり、使いこなせるはずもなく、あえなく撃沈・・・みたいな話。
だけど、自分が得意なので、しかもやり慣れてるので、「簡単なレシピの意味」がわからない。
この手間で美味しくなるのに、どうしてしないの?の脳かもしれない。
時間がない、疲れてても、なにか作るしかない。
今の時代の要請は、これがとても多いという。
ここに、既存の料理研究家たちは、対応できてるか、そうじゃないか。
と、考えて思いついたのが、縄文時代に、どうやって食べてたのかなということ。
土器があるし、煮炊きをしてたようだ。
材料を煮て食べる。しかも、手でちぎって。塩があればグッド。
そっからだなあ。
そうやって生きてきた時代の方が長かった。
時代や文明が変わり、色んな食材や調味料が出回るようになったけど、
単純で、ふつうに美味しいというものは、この先も文化として残っていくと思ってる。
ちなみに、自分で時短でふつうに美味しい物を作ってくのも、脳トレになるよっ(^^)
今日も、宇宙エネルギーたっぷりで、正常元気でゴー♪安全無事でゴー♪