
悲観的な発想の赤ん坊がいるか。いないと思う。
まっさらな状態で生まれてくる。前世の記憶さえも。となると。
今回の人生では、なにをしようかな。からスタートかもね。そして成長する時に、
周りの環境や状態に感化されて育ってく。のかもね。
今のようなメディアは、比較的新しい情報伝達ツール。
江戸時代は、口伝えが主な伝達手段だったはず。
となりの村まで、峠を越えるしかない。というところでは、独自の文化が生まれ育ってく。
言葉でさえ、変わっていく。
言葉が違う。それで悲観的な発想の話をされても通じるのか?と疑問。
いつの時代でも、どの地域でも、気候変動や災害は繰り返されてきた。
だからといって、赤ん坊が生まれなかったということは起きてないし、
育たなかったということも起きてこなかった。
そんなことがあれば、今の私達はいないもんね。
支配したい側というのがあるとするならば。悲観的な発想を民に広めたりがある。
対抗ではないけれど、徹頭徹尾お気楽という発想の民もいる。
実は、江戸の民は、そういうのに相当するらしい。世界中にも普通にいる。
>悲観したってしょうがない。とりあえず今日生きてるんだから良しなのさ
みたいにね。落語にもいっぱい出てくるでしょ。
私達は考える自由を持っている。誰かが言うことを、ほんとかなと考える自由をね。
考え方は、一瞬で変えることができる。私達は脳に支配されてるのではなく、
脳を味方にすれば良いんだからね(^^)。という発想もありでしょ。
今からラッキーハッピーである。と決める。今から未来もラッキーハッピー♪
って考えるのは、楽しいよね。うふふ。
今日も、動こう、楽しもう。ぼ~っとしてみよう。宇宙エネルギー流しながら。勝ってるぞ!

